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石黒弓美子先生のコラム 会議通訳・NHK放送通訳者
USC(南カリフォルニア大学)米語音声学特別講座終了。UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)言語学科卒業。ISS同時通訳コース卒業。國學院大學修士号取得(宗教学)。NHK-Gmedia国際研修室講師・コーディネーター。東京外国語大学等で非常勤講師。発音矯正にも力を入れつつ通訳者の養成に携わる。共著:『放送通訳の世界』(アルク)、『改訂新版通訳教本 英語通訳への道』(大修館書店)、『英語リスニング・クリニック』『最強の英語リスニング・ドリル』『英語スピーキング・クリニック』(以上 研究社)など。

第5回:Listening comprehension 本当のところ、どこまで聞取れていますか

英語transcriptionの勧め

ある通訳クラスでの期末試験に、一人の企業コンサルタントが、「企業こそ社会問題の解決に力を発揮できるはずだ」と主張するスピーチを使った時の事です。 “I’m NOT a social PROBlem GUY. I’m a GUY who works with BUSINESS, helps BUISINESS make MOENY. “ (大文字の部分は強く、他はごく弱く発音。下線部分は特に弱音化とリエゾンが起きている)という発言がありました。「私は社会問題に取り組んでいる人間ではありません。企業を相手に仕事をしている人間です。企業の金儲けを助けているんです。」とでも訳出してほしい部分でしたが、複数の人が「それは社会問題ではありません。ビジネスはお金を儲けるのです」というような訳出をしました。どうしてこのような訳になってしまったのでしょう。

この発言には、文字で見れば難しいことばは一つも含まれていませんが、比較的早口で、下線の部分は特に非常に弱く発音されていています。おそらく聞きとれたのは大文字で示した部分で、それをつなぎ合わせて意味を想像したために、上のような誤訳になってしまったと思われます。前回までにお話したように、新しい情報を含む内容語は明瞭に強勢をもって発音されるので良く聞き取れても、弱音化と連音が発生する機能語やその他のつなぎの語は聞取りにくいのです。

通訳には正確な聞取りが欠かせないことは言うまでもありません。ほぼ100%の英語の聞取りが必要です。ところが聞取れない部分があることは自覚しているものの、どの部分が聞取れていないのか、それはなぜなのかを明確に自覚している訓練生は少ないというのが私の印象です。漫然と英語を聞き、そのうち聞取り能力が向上することを願っているかのような人が多いように見受けられます。具体的に自分が聞取れていないのはどういうところなのか、リエゾンや弱音化とは実際どういうことなのか、明瞭に自覚した方が改善が早いと思うのですが、具体的にどうすればいいのかが分からないのかもしれません。

そこで私が今日お勧めするのは、まず英語スピーチのtranscription(書き起こし)です。はっきり言って、非常に大変です。時間も手間もかかります。しかし、聞取り能力の向上に効果は抜群だと断言できます。問題は本気で継続できるかどうかですが、一生続けなければならないわけではありません。ほんの数カ月からせいぜい半年も本気で継続すれば、見違えるほどの自分の聞取り能力の向上に驚くことでしょう。残念ながら、私のこの主張は、学者による調査とその効果の分析によって裏付けられたものではなく、私の経験知からのrecommendation であることは、お断りしておかなければなりませんが、やり方は以下の通りです。

まず数分からせいぜい10分程度の比較的短い、内容の良いネイティブスピーカーのスピーチを選びましょう。ネット上のTed Talksがお勧めです。最初から長すぎると、書き起こすのに何日もかかってしまい達成感が持てず、いやになって、途中でギヴアップしてしまうかもしれないからです。どんな技能の習得もカギは継続だと思いますが、「分かっちゃいるけど...」という人が大半ではないでしょうか。その大半の一人にならないためには、学習の継続には、適度な緊張感とチャレンジングな要素、そして達成感が必要だということを認知し、自分にすこしずつ達成感を味あわせることです。

私がISSで通訳の訓練を受けていたころは、It was such a long time ago. I don’t even care to remember.(思い出したくもないほど前の事です)が、今のようにインターネットもiPadもありませんでした。英語の放送すらほとんどなかった時代です。そうです、そういう時代もあったのですよ。そのころ私が欠かさず取り組んだのは、ISSの授業で提供された1時間ほどの音声テープ(そうです、皆さんが見たこともないカセットテープの教材でした)を、毎週すべて書き起こすという作業でした。この課題の良かった点は聞きとれない部分は書きとることができないので、聞取れていない部分が一目瞭然となることでした。

聞取れなかった部分を一所懸命何回も何回も聞き直します。そして文字化したテキストをじっくり眺めるのです。すると、どうでしょう。聞こえなかった部分が見えてくるのです。内容語はほぼ聞こえます。聞こえないのは、ほとんどが、つなぎの小さな語であるということも見えてきます。そうしているうちに前後の文脈や文法の知識が働き、この部分はこうあるべきだという答えが見えてくるのです。その上でもう一度聞き直すと、あら不思議、こんどは聞こえてくるのです。どの音がどのように弱音化され、隣の音とどう連音しているかも、だんだんわかってきました。発音について少し勉強していたことも功を奏したに違いありませんが、ここまで来たらしめたもので、transcriptionは卒業です。

Shadowingの勧め

ほぼ100%英語の聞き取りができるようになったとしても、通訳の聞取りには、通常私たちが人の話を聞いている時の集中力をはるかに超える集中力が必要です。はたしてその集中力とはいかなるものか、体感してみませんか。通訳訓練で使われるshadowingという手法を用います。訓練では通常英語のスピーチを使いますが、ここでは、聞取れない部分はないはずの日本語のスピーチを使います。内容はあまり平易でなく、少し中身の濃いものを選びます。例えば、外務省のウェブサイトでYouTubeに載せられている日本の外交政策に関するスピーチなど、自分がふだん使い慣れていない用語がたくさん出てくるスピーチで、聞取りと理解には通常以上の集中力を要する内容にします。それを聞きながらその内容を全く同じように声に出してついていきます。影のように発言をなぞるので、shadowingと呼ばれます。少なくとも5分から10分は続けてみましょう。一言も漏らさずにshadowingする、つまり聞きながら話し続けるにはかなりの集中力が必要なことがお分かりでしょう。通訳の現場では、少なくともこのような集中力が必要とされるのです。通訳は何時間も1人でできないこともおわかりでしょう。Shadowingは、発音やイントネーションを真似て体得するのにも使いますが、聴解能力強化のための集中力の向上にも役に立つと思います。

第18回:大切にしたいことばの力・言語コミュニケーション– Power of words

第17回:遺伝子と文化 Genes and Culture

第16回:聞く人の身になって-「日本人はあらゆるものに神を見る」 We see gods in everything..... with a small letter “g” –

第15回:「読める漢字」 vs 「書ける漢字」 How many Kanji characters can you read? And how many can you write?

第14回:つきない勉強 The more you learn, the more you realized you have more to learn.

第13回:七転び八起き ~Difficult child 難しい子!? 多様性の一つ?~

第12回:「女性が輝く社会 A Society where women shine??」――課題は多いけれど

第11回:「どんなお気持ちでしたか?」 ~How did you feel? What did you think? しか出てこないもどかしさ。

第10回:もう一つの通訳 -本物の「包摂性」とは何か? How much do we really know about inclusiveness?

第9回:英日通訳「言葉に引っかからずに意味を取る」とは

第8回:DLS Dynamic Listening and Speaking 日英通訳力強化のために

第7回:Quick Response Exerciseとlexical approachの勧め ~自動的で速やかな英語のアウトプットのために、単語ではなく句や文でアウトプット~

第6回:順送りの情報処理 Slash reading

第5回:Listening comprehension 本当のところ、どこまで聞取れていますか

第4回:“Inaudible”??? 「聞取り不可能」

第3回:「I started to walk in electronics in 2006???」 母音再確認の勧め

第2回:Who is “’TAni-sensei”? 英語の聞き取りと発音

第1回:背中を押し続けてくれた「継続は力なり!」

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