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『欧州通訳の旅、心得ノート』 一緒に通訳の新しい旅に出ませんか? 寺田千歳

第8回

「日欧のギャップを埋める 通訳の心構えとは?」欧州での会食通訳(後編)―

こんにちは、寺田です。今回は、会食編の締めくくりとして、特に「日本人IN欧州」の状況でよくある落とし穴を中心に、通訳として心がけたいこと、日本人クライアントへの最適なフォローの仕方について考えていきます。

  

注文の合図
注文内容が決まったらメニューを閉じてテーブルの上に置きます。これが「注文が決まりました!」というお店に対する合図です。決まっても、いつまでもメニューを開けて眺めていると、「まだ考えています」と受け取られて、いつまでたってもお店の人は注文を取りに来てくれないことがあります。

 

ご存知と思いますが、西洋料理の食事マナーの基本には、カトラリーは外側から使う、パンは小さくちぎる、噛む・吸う時に音を立てない、種や皮などを口から出さない(巨峰のように粒が大きい西洋ブドウも皮ごと食べる)、テーブル上で手を伸ばして取る代わりにどなたかに頼んで取っていただく、などがあります。詳しくはテーブルマナーの専門サイトを活用ください。また、背後で一部始終を見守ってくださるお店の方にもお願いするたびに「Please」「Thank you」とお声掛けをするとよりエレガントに映ります。また、通訳者が伝えていても、注文と違うものが出てくる・料理が出てくるのがとても遅い・最後まで来ないなど、日本では考えられないようなこともよくあり、通訳者がしっかり訳していなかったと思われることもあります。そのような時はストレスを感じますが、「きちんと訳して伝えましたが」と説明した上で、お店やクライアントと代替案について相談しましょう。

 

デザートの定番といえばスイーツですが、好みによりチーズ&デザートワインや、エスプレッソ・紅茶・ハーブティー各種などから選べます。カジュアルなビジネス会食ではエスプレッソ1杯で締めくくることが多いような気がします。ティーの場合は、ティーバッグではなく、茶葉で淹れるため2-3杯分の大きなティーポットになることもありますので、メインの途中など早めに注文しておくとエスプレッソの人と同じタイミングで会食を終えることができてスマートです。

 

会計はテーブルでします。ここでチップが問題になります。欧州各国でも近年はサービスチャージとして初めから金額に含まれているお店もあり、その場合チップは義務ではないそうです。その場合、お釣りなどの端数の額をチップにします。ただ、イギリス・フランス・ドイツ・オーストリアなど現金でチップを渡す習慣がまだ残っている国もあります。その場合、金額に初めから含まれていない場合は、サービスの満足度に合わせて別途5-10%を現金で渡したり、レシートの金額に上乗せします。スウェーデンではこの限りではないそうです。精算時に日本側から「チップは必要でしょうか、どれくらいが相場でしょうか。」と相談されたときに適宜サポートできるように事前にチップの有無、レートについて確認しておきたいです。日本ではチップに馴染みがないことから、日本人がチップに違和感を感じて躊躇される場面もみられますので、チップを渡す習慣がある国では、支払い時に「お店はいかがでしたか、もし満足でしたら、10%ほどチップはいかがでしょうか。」とさりげなくフォローができれば理想です。余談ですが、私はドイツ時代に稀に旅行代理店様の依頼で会議通訳案件を請け負うことがありました。毎回「今回のチップはxxユーロです。請求書にチップ代として通訳料金に加算して下さい。」と会議の前日にその連絡が来るのですが、チップについて取決めたことはなく、レートの基準も謎だったことから、毎回いくらになるのか楽しみでした。

  

日欧のギャップをどう埋める?
欧州と日本の会話では話の長さや題材にやはり違いがみられます。日常的に相手とのさまざまな違いを前提として周囲と付き合うことに慣れている欧州では、一般的に「話が長く」、「掘り下げた意見の交換」を好みます。反対に、「和」「丸く収める」ことを重視する日本人の会話は、相手に失礼にならないように、無難で踏み込んだ議論にならないようなcliché(クリッシェ)な内容になりがちで、欧州側は物足りないと感じることもあります。通訳はこの文化の違いを意識して、ちょうどよいバランスの会話になるようサポートできれば理想です。例えば、欧州側の話が長くなる場合は、日本側が退屈しないよう通訳が話を分かりやすくする、補足説明を入れることもできます。日本側に対しては話がclichéで終わらないよう具体例を挙げてもらう、何か特別に面白いことがあったとか、個人的にどう感じたのかなど、少し踏み込んだ発言を促して話に奥行きを出してもらうと、より興味を持って聞いてもらえます。

  

話題
欧州では好ましくない話題を日本側が意図せず持ち出してしまう場面があります。ご存じのように西洋では一般に食事中に「政治、宗教、性」の話題は避けるべきだといわれますが、日本人の場合、特に「飲みすぎた話、女性を特別扱いする内容」に注意が必要と思います。日本の社内会食では、ひどく酔った経験談で盛り上がることがよくありますが、欧州のビジネスパーソンは、飲んでも酔わない量を自分で把握しており、会食で酔うことはあまり見られないように思います。また、例えば、女性社員に対して「ご家族のお食事の準備はどうされるのでしょう。まだ帰らなくても大丈夫ですか。」は気遣ってかけている言葉ですが、文化や価値観の違いにより、かえって差別的に受け取られることもあります。そのような時、どのようにフォローしますか。例えば、通訳しながら、小声で「ドイツでは夕食に温かいものを食べる習慣がないため、夜に調理はしないようです。」「失礼ですが、今はその話題は避けられたほうがよろしいかと。」「その言葉は英語だと少しまずい意味にもとれますので、説明を加えていただけますか。」など、クライアントの目を見つめ、協力を求めるように頷きながら付け加えるのです。中にはこのようなフォローは通訳の仕事ではないと考える人もいますので、あくまでも必要な時だけさりげなくすることが大切です。

  

ビジネス会食に相応しい話題といえば、食べ物・趣味・スポーツ・家族・ボランティア活動など、自分が興味を持っていることや、堅苦しい雰囲気にならない範囲で、仕事・会社・業界動向などみんなが興味を持てるテーマであれば何でもいいでしょう。やり取りを通じて相手との距離を縮めることが目的です。クライアントが話題に困っていれば、これらのテーマから何か提案してみてはいかがでしょうか。

  

日本人の謎の行動
あるドイツの有力紙が「四六時中どこでもマイクロスリープする日本人の謎」と、どこでも居眠りできる日本人の行動は危険で不可解だとする一方、マイクロスリープと日本人の長寿との関わりについて取り上げていた記事を読んだことがあります。日本人として欧州の方から居眠りについて聞かれたら、治安が良い日本では列車内で眠ることが危険だとは考えないこと、通勤時間の長い都市部では通勤中に眠って不足している睡眠を補っていることを説明すると納得してもらえるかもしれません。あるとき、欧州側のビジネスプレゼンのウィスパリング通訳中に、隣に座る日本人クライアントが気持ちよさそうに寝入ってしまったことがあります。これに気づいた現地の担当者がプレゼンを慌てて中断し、会議室を明るくして目を覚ましてもらい、質疑応答形式に変えました。また、あるディナー会食時に、日本側の参加者が気持ちよさそうに寝入ってしまい、横に倒れて目を覚まされたことがあります。通訳としては、会食中に日本人がお疲れの様子であれば、抑揚のある話し方にする、本人に積極的に会話に入っていただく、欧州側にさりげなく伝えて早めに会食を終えてもらうなどのフォローはいかがでしょうか。日本人クライアントが無理なく出張スケジュールをこなせるよう通訳者もできる限りのサポートしたいものです。

 

(エピローグ)
ランチ会食はカフェテリア(社員食堂)へ
プライベートも含めて、欧州のユニークなカフェテリアでランチ会食をしたエピソードをご紹介します。ビジネス会食にはランチも多く、時間のないお昼はよくカフェテリアが利用されていました。私は欧州内で数々の企業を訪問しましたが、カフェテリアの形態や運営ポリシーは、東西南北津々浦々、それは多種多様でした。特にユニークで印象的だった例をあげてみます。スイスの景勝地の湖畔にあるオーナー企業を訪問した時のことです。目の前に雄大なアルプスを望む地上の楽園ともいえる景観と併せて、カフェテリアの素晴らしさに思わず息をのんだことがあります。社員のWellbeingを重視するオーナー社長の方針で、有名ホテルのシェフが料理長を務めるカフェテリアでは日替わりでヘルシーな定食・お惣菜・手作りパンや穀物類・汁物・地元特産の乳製品や果物が無料で終日食べ放題でした。また、ドイツの大都市の金融機関には、機密漏洩のリスクの観点から社員食堂への部外者の立ち入りを全面的に禁止しているところも多い中、それとは対照的に、社員食堂の利用を時間限定で市民に開放しているところもありました。例えば、欧州中央銀行やドイツ復興金融公庫など公に近い金融機関のカフェテリアへ外部ゲストとして入ったことがあります(今は無理かもしれません)。通訳・翻訳案件の中でいろんな固有名詞に遭遇しますが、実際にその固有名詞のことを知っていると、訳すときに頭の中でイメージがしやすくなり、より奥行きのある訳出につながることもあります。併せてクライアントや友人の勤務先のオフィスを拝見したこともありました。欧州のオフィスは、ガラス張りの個室が多く、普段からショールーム並みにデスク上の整理整頓が行き届いていることが特徴です。
他にも、欧州には街外れに自家用飛行機のための小さな民間飛行場があり、その中にあるカフェテリアから優雅に並ぶジェット機を眺めながら、時折轟音に圧倒されながら食事をするビジネスランチ会食もありました。そして、最も印象的だったのは、由緒ある大学の馬術部に併設されている元カフェテリアのレストランです。歴史的な建築・美味しいメニュー・馬場という立地の3拍子が揃った粋なレストランとして公に開放されており、美術品のようにピカピカに手入れがされた馬に乗る様子を眺めながらの食事は、何とも優雅なひと時で話が弾んだものです。皆さんも、ぜひ機会があれば、様々な業界のカフェテリアへ入ってみてはいかがでしょうか。

 

前・中・後編と長くなりましたが、最後まで会食編をお読みいただきありがとうございました。ぜひ日欧のビジネス会食時に少しでもお役立に立てていただければ幸いです。

 

今回はここまでです。

 

寺田千歳 1972年大阪生まれ。日英独通訳者・翻訳者。ドイツチュービンゲン大学留学(国際政治経済学)、米国Goucher College大(政治学・ドイツ語)卒業後、社内通訳の傍ら通訳スクールで学び、 その後、フランスEDHEC経営大学院にてMBA取得。通訳歴20年内13年ドイツを拠点に欧州11カ国でフリーランス通訳として大手自動車・製薬メーカーのR&D、IRやM&A、 日系総研の政策動向に関する専門家インタビュー等を対応。現在は日本にてフリーランス通訳者。

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