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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


『通訳現場探訪』 通訳者の連携①
(宅外現場-前編)
和田泰治

第6回

通訳者の連携①(宅外現場-前編)

 

皆さんこんにちは。通訳現場探訪も回を重ねて第6回となりました。これまでは現場で利用されているデバイスやツールなどの「道具」を取り上げてきましたが、今回から、現場での通訳者同士の「連携」について現場でご一緒させて頂いた通訳者の皆さんへの取材も参考にしつつお伝えしてゆきたいと思います。今回と次回は二回に分けて宅外の現場での連携についてご説明致します。

 

通訳者にとって「ペアワーク」は必須です。負荷の大きい通訳現場ではパートナーとペアで担当を分担したり、三人でローテーションを組んで対応したりします。単純なようですが、どのようにパートナーと分担するかは状況によって一様ではありません。特にルールブックがあるわけではありませんが、長い時間を掛けて通訳者の皆さんが現場で積み重ねてきた経験に基づく「知恵」の集積はあります。

 

それではまず同時通訳をペアワークで分担するケースを考えてみましょう。基本的な分担の仕方は以下の二通りが一般的です。
① 一定の時間(10分や15分)で交替する。
② (事前に原稿あるいは資料がある場合)ページ・文字数で分けておく。
最も一般的なのは時間を決めての交替です。同時通訳の場合は集中力が維持できる限界を考慮して10分か15分で交替するのが一般的です。60分の講演であれば10分で3交替にするか、15分で4交替にするかをパートナーと話し合って決めます。講演時間が中途半端な場合も、できるだけ公平に分担できるよう事前に話し合って決めます。例えば50分の講演の場合、10分交替にすると先発した通訳者が10分多く担当することになります。50分の別の講演がその後にもあるということであれば、次の講演の際に順番を入れ替えることによって100分を通した負担は均等にできますが、50分の講演が一本だけといった場合は、10分、10分、10分、10分、5分、5分にするとか、あるいは、きれいには割り切れませんが約12~13分で4交替することで調整することも選択肢になります。

 

交替するタイミングはできれば切りの良いところが理想的ですが、早口で切れ目なく話し続けるようなスピーカーの場合は難しい時もあります。そのような場合は30秒から1分弱くらいオーバーしてしまうケースもありますが、長くとも1分は超えないで交替するよう心掛けるのがマナーだと考えられています。パートナーは相手が通訳している間は一旦テンションを下げて待機していますが、タイマーを見ながら交替のタイミングが近づくと、少しずつ集中力を高めてパートナーからの交替の合図を待っています。10分を過ぎてからは極めて高いテンションを維持し続けながら張り詰めた状態で待機していますので、交替のタイミングが遅れれば遅れるほど神経への負荷は想像以上に大きくなります。

 

交替の合図はマイクスイッチのオン/オフを目視で確認するのが基本です。マイクが一本しかない場合もありますが、その場合はマイクの受け渡しで交替します。

 

ひとつ覚えておいて頂きたいのが「交替のタイミングは待機者ではなくあくまで通訳をしている側が決める」という暗黙の原則です。
時折、交替のタイミングになると「替わりましょう」と声を掛けたり、勝手にマイクのスイッチングをしたりする待機側の通訳者の方がいますが、明確に相手が経過時間を判断できなくなっていると思われる場合を除いて、こうした行為は出来るだけ避けたほうが良いと思います。取材した現場でも同様の意見が多数を占めました。

 

先程は待機している側の負荷について述べましたが、通訳中の通訳者はそれ以上にテンションを張り詰めた状態です。早口で切れ目なく話す講演者の同時通訳をしながら、どこで交替したら良いかを必死に考えている最中に声を掛けられたり、目の前で大きな動作をされたり、勝手にマイクを切り替えられたりしたら精神的な不快感は相当なものです(一度自身で経験するとよくわかります)。

 

古くは、上下関係も厳しく、若い通訳者をベテランがリード、サポートするという理由で、先輩通訳者が『後輩通訳者のマイクをとる』という行為が普通だった時代もあるようです。しかしながら、現代は通訳者の数も増え、若手・ベテランを問わず優秀な方々が数多く活躍している時代です。パートナーが自ら助けを求めて来ない限り、年齢、経験を問わず相手方の判断を最大限尊重することが原則と考えてよいのではないでしょうか。

 

もうひとつの分担を決める方法は原稿や資料の文字数やページ数で事前に担当箇所を決めてしまうというやりかたです。担当する箇所がわかっていれば事前準備も効率的に行うことができるという利点があります。例えばそのまま読み下すということがわかっている原稿であれば文字数で2分割、4分割などと分担を決めることができます。事前に提供されたものが動画であれば時間で割り振って各自で自分の担当箇所を準備するのが一般的です。

 

Power Pointの資料が提供された場合もページで分担を決めておくことは可能ですが、読み原稿や動画と異なりPower Pointの資料はページによって講演の比重が大きく違うことがあります。60ページのPower Pointの資料を60分の講演時間でプレゼンテーションする場合を考えてみます。各ページ均等に時間配分されるのであれば10ページ(10分×6交替)あるいは15ページ(15分×4交替)ずつ分割分担しておけばよいのですが、「前半はサラッと流して、後半の資料に時間を掛けて詳しく説明します」ということもありますし、逆に「前半で時間を掛けすぎてしまったので後半は割愛します」という事態もあり得ます。またPower Pointの資料は当日直前にページ数が増えたり、減ったり、差し替えがあったりと大きく変更されることも珍しくありません。

 

講演者との事前の打ち合わせがある場合には直接このあたりを確認することが必要です。資料の大幅な変更があった場合は通訳者の分担も仕切り直しになるかも知れません。また念のために時間経過も計測しながら「不測の事態が発生した場合は時間交替に切り替えましょう」などと確認しておくこともあります。

 

今回は以上です。次回は宅外現場連携の後編として、ローテーションの順番や三人以上でチームを編成する場合などについて説明致します。 それではまた次回まで。ご機嫌よう。

 

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和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

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