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津村建一郎先生

津村建一郎先生のコラム 『Every cloud has a silver lining』 東京理科大学工学部修士課程修了(経営工学修士)後、およそ30年にわたり外資系製薬メーカーにて新薬の臨床開発業務(統計解析を含む)に携わる。2009年にフリーランスとして独立し、医薬翻訳業務や、Medical writing(治験関連、承認申請関連、医学論文、WEB記事等)、翻訳スクール講師、医薬品開発に関するコンサルタント等の実務経験を多数有する。

第22回:衝動(本能)とは

9月27日、竹内結子さん(享年40)が自宅で亡くなりました。私もずっとファンで、一目置いていた女優さんでした。訃報に接したとき、思わず「ウソッ」と声を挙げてしまいました。警察は「自殺の可能性が高い」と言っていますが、つい1時間前まで家族と団らんしていて、普段と変わりなかったことから、衝動的な行動ではなかったかと推察されます。

そこで今回は、「衝動」とはどの様に生じて、何が原因なのかを考えてみたいと思います。

1.衝動[的](impulse)とは

まずは、衝動[的]とはどう言うことなのかを考えてみました。

用例としては・・・「衝動買い」とか「食べたい衝動に駆られて」とか「衝動的犯行の末」などがありますが、心理学の分野では、衝動性の強い人の特徴として次の様なことが挙げられています。※1

・ 考えずに行動する。
・ 行動を抑止することが困難または不可能である。
・ 通常、その行動のせいで問題を引き起こす。
・ 刺激に迅速に反応し、それは計画外の反応であり、そのような刺激によって伝達された情報の処理が完了する前に行われる。つまり、考えずに即座に刺激に反応してしまう。
・ 自らの行動の結果について心配することが少ない。

さらに、衝動[的]を辞書で調べてみますと; ・ 心をつき動かされるままに、善悪などの判断もせず行動に移してしまうさま(デジタル大辞泉)
・ よく考えないで、発作的・本能的に行動しようとする心の動き(大辞林)
・ 意志や理性による統御や加工を経ることなしに,そのまま行動として外界に現れてしまうこと。本能と同意義に使われることがある。(世界大百科事典)

この様な状況から衝動[的]とは

止むに止まれぬ感情に突き動かされる

という感じではないでしょうか。
つまり、理屈ではなく、また、理性でコントロールするのが極めて困難な情動から生まれた行動と言うことが出来、この様な情動・行動は多分に 本能(instinct) に通じるところがあります。

2.衝動の根源は本能?

竹内結子さんは今年の初めに次男(8カ月)を出産し、経済的にも家庭を支えていました(マンションの家賃は月100万円とか)。理性的・論理的に考えれば、コロナ禍で仕事が減っているとはいえ、だからこそ彼女は現在、懸命に生きて家庭を支えなければならない立場でした。

そんなことは本人も重々承知していたと思いますが、それでも「止むに止まれぬ感情に突き動かされ」、「行動を抑止することが困難または不可能」な状況、即ち、衝動に駆られた行為であったことには疑念を挟む余地がないでしょう。

この様に、「止むに止まれぬ感情に突き動かされ」、理性や論理では「行動を抑止することが困難または不可能」な行動を本能(instinct)とも呼びます。

2.1 本能ってなんだ?

百科事典マイペディアによりますと本能とは・・・動物(ヒトを含む)がそれぞれの種に固有の個体保存・種族維持の目的に適応した生得的行動(本能行動)を行うための内的な要因・・・と説明しています。

生得的=生まれもっている性質や能力 ですから、本能は「学習や経験などによらない行動」と言うことが出来ます。
血糖値が下がって空腹を感じると「食べたい」という欲求が本能によって湧いてきますが、この「食べたい」という欲求は学習や経験によって培われたものではありません。しかし、ヒトの場合はちょっと複雑で、その辺にあるものを手当たり次第に口にするのではなく、学習と経験がその欲求(本能)を修飾します。例えば、「今はダイエット中だから我慢!」とか「昼時は食堂が混んでいるから少し時間をずらそう」とか「懐が寂しいから今日は立ち食いソバだな」とかの行動となって表現されます。
この様に、ヒトでは本能とその前後の行動の関連性が曖昧であることから、心理学や哲学の分野では「本能」という用語は現在ほとんど使われていません。一方、脳科学では本能が記憶や五感からの刺激が神経インパルスの発火となり、次の行動へつながる源泉となっていることを解明しています(後説)。

次に、本能の本質は個体保存・種族維持です。もうすこし簡単に言うと、個体保存=自分が生き残ること、種族維持=子孫を増やすこと です。このため、本能の3大欲求として
① 食欲
② 睡眠欲
③ 性欲

があると言われています。
食欲と睡眠欲は、個体=自分が健康で長生きするための行動であり、性欲は種族維持=子孫を増やすための行動です。

2.2 恐怖心が生存率を上げる

では、この様に「自分が健康で長生きする」ための本能に起因する衝動が何故、竹内結子さんを死に追い込んだのでしょうか?

それは「恐怖心(fear)」です。
私たちは断崖絶壁の上に立つと自然と恐怖心を覚えます。バンジージャンプがなかなか飛べないのは、この恐怖心によるものです。すでに多くの人が安全にジャンプしているし、決して切れることのない太い弾性ロープが付いているので、論理的・理性的には「ジャンプしても死ぬことはない」と解っていても、やはり、ジャンプしたくない、その場から立ち去りたいという強い思いが湧いてきます。これは、本能が「自分が健康で長生きする」ために「断崖絶壁から離れる」と言う行為を促しているからです。この様に、「自分が健康で長生きするためにリスク(危険)から離れたい」と思う気持ちが恐怖心です。

バンジージャンプ

暗闇で物音を聞いたり、猛獣やヘビに出くわしたりして、逃げるのもこの恐怖心によるものです。社会的に問題となっている登校拒否も、学校に行くといじめられる、不快な思いをさせられる、皆から無視される・・・という恐怖心(個体保存に対するリスク)から 学校に行かない=登校拒否 という行動に出るのです。この様に恐怖心とはつまり、自分が生存できる確率を上げるために、自分に対するリスクから遠ざかる行動を取る様に本能が命令している状態です。

バンジージャンプを止めること、暗闇から逃げ出すこと、ヘビに触らないこと、学校に行かないこと・・・と言う行為で恐怖心が納まっている内は良いのですが、何処へ逃げてもリスクが追いかけてきたり、どうにも逃げようがないと思ってしまう慢性的・持続的な恐怖心にさいなまれると、その恐怖心自体から逃れるために「死を選ぶ」という衝動が起こってくるのです。

一説によると、本能(衝動)は、理性・知性より9倍強いパワーを持っていると言います。つまり、本能(衝動)が求める欲求を理性・知性によってコントロールするためには9倍の努力が必要だということになります。9人を相手に一人で綱引きをしている様なものですから、到底本能(衝動)に敵うわけがありません。
本能は自分の中にいるもう一人の自分です。このもう一人=本能の欲求は純粋であり、強固ですので、欲求が受け入れられるまで、昼夜を問わずしつこく迫ってきます。いつも一番近くにいる自分に四六時中やんや言われ続けていれば、一方の自分=理性・知性は萎えていきます。心理学の世界では本能(衝動)のことを「無意識」、理性・知性のことを「意識」と呼びますが、この無意識と意識のバランスが重要で、このバランスが崩れてくると、精神的・肉体的に障害が起きてきます。この様な状況を一人で解決するのはとても困難ですので、専門家に頼ることを考えましょう。

3.本能は何処にある?

では、ヒトの判断や行動に多大な影響を与えている本能は、いったい何処にあるのでしょうか? ここでは、脳科学の側面から考えてみたいと思います。

大脳辺縁系
(出典:https://yunagi-gr.com/club/?p=884

私たちの脳は大きく、大脳新皮質(人間の脳)、大脳辺縁系(馬の脳)、そして脳幹(爬虫類の脳)に分かれています[(カッコ)は俗称]。これはまた、動物の進化の歴史を物語っていて、一番古い脳幹(爬虫類の脳)はバイタルサイン(心拍、呼吸、血圧)を主に司っています。一方、一番新しい大脳新皮質(人間の脳)は思考や計算、論理、理性を主に司っています。真ん中にある大脳辺縁系(馬の脳)は食べる、排泄する、眠る、子孫を残すなどの個体保存・種族維持を主に司っています。
と言うことで、本能(衝動、無意識)は大脳辺縁系(馬の脳)にあると考えられています。人を含む高等動物では、個体の生存率を高めるために群れ-人では社会-を形成します。社会は人が生きていくために不可欠ではありますが、様々な軋轢や格差を含んでおり、時として自分の存在を脅かす最大の元凶となります。それによって「生きたい」という欲求が放棄されることもあります。

また、社会の中で生き残るためには仲間になることが必要です。仲間になるためには、別の個体や群れ(社会)のことをよく知る必要があります。幼児が言葉を覚えるのも、小児が親を質問攻めにするのも、成人になって誰かの役に立ちたいと思うのも 群れを知る⇒仲間になる ことの重要な能力です。

この様に、大脳辺縁系(馬の脳)は「生きたい」という欲求をコントロールしている脳で、パソコンに例えれば、様々なソフトを動かしているOS(operating system)に相当する部分です。OSは日頃パソコンを使っている私たちが認知することは殆どありませんが、仕事に使っているExcelなどのソフトを動かしている基盤です。従いまして、OSによって大脳新皮質(人間の脳)で動いているソフト(理性・知性、意識)がその基盤である大脳辺縁系(馬の脳=OS)をコントロールすることは極めて困難なのです。

3.1 本能と煩悩

いきなり話しが変わりますが、仏教の世界では「人には108つの煩悩がある」と言われています。この煩悩は本能にくっついている寄生虫のようなもので、その起源は大脳新皮質(人間の脳)にあると思われています。

仏教的に説明しますと、「空腹になったら食事を摂る」これは本能ですが、「どうせ食べるのならウマイものを食べたい」と思うのが煩悩なのだそうです。同様に、「寒くなったので服を着る」これは本能ですが、「どうせ着るのならカシミヤのセーターを」と思うのが煩悩、「通勤に必要だから自動車を買おう」これは本能ですが、「どうせ乗るのならBMWがいい」と思うのが煩悩ということです。

この煩悩によって、ねたみ、うらみ、怒り、物欲、争いが生まれていると仏教は説いています。ただし、煩悩を否定してはいません。人は臨終の一瞬にいたるまで、止まらず、消えず、絶えず、煩悩に悩まされ、なくなることはない・・・と説いています。人にある煩悩とは何か、どんなものか、どんな影響を受けるかと言うことを正しく理解して生きることが大切で、煩悩に惑わされることなく根底にある「自分が健康で長生きする」ためにはどう行動すれば良いかを考えることが重要なのだそうです。竹内結子さんもこの煩悩にさいなまれてしまったのかもしれません。

それにしても、竹内結子さんの死は誠に残念であり、心からご冥福をお祈りしたいと思います(いちファンとして)。

※1 https://ja.sainte-anastasie.org/articles/personalidad/qu-es-la-impulsividad-en-psicologa.html

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