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『Hocus Corpus』 コトバとの出会いで綴る通訳者の世界 和田泰治

第14回

“significant”(後編)

皆さんこんにちは。
北京オリンピックの閉幕と同時にロシアが一方的にウクライナに対する全面的侵略戦争を開始し、日本でも瞬く間にウクライナ情勢が連日トップニュースとなっています。核攻撃にまで言及して恫喝するロシアに世界中が身構える状況にはその不気味さに身震いするばかりです。本稿執筆中にもロシア軍がヨーロッパ最大の原子力発電所と言われるザポロジエ原子力発電所を攻撃したという報道がありました。事実なら常軌を逸した行為で言葉もありません。何より、一方的に国土を蹂躙され、家族と引き離され、国を追われるウクライナ国民が直面している不条理を思う時、気候変動、コロナウイルスに続く人類滅亡への新たな災厄かと絶望すら禁じ得ない中、はたして自分には何ができるのかと自問自答する毎日です。

  

さて、今月は“significant”の後編です。学生時代はディベートに没頭し”significantly………”に大いに悩まされたことは先月お話致しました。その後、旅行会社に就職し約5年間勤務した後にマーケティングリサーチの会社に転職しました。27歳の時です。そしてここで思いもよらず、またまた“significant”な洗礼を受けることになりました。

 

ここで少しマーケティングリサーチの話をします。
マーケティングリサーチの会社というのは、クライアントから発注を受けて各種の市場調査を企画、実施、分析、報告することを業務としています。調査には大きく分けて定量調査(quantitative research)と定性調査(qualitative research)があります。定量調査というのはある一定数の対象者(respondents)をサンプルとして抽出し(sampling)、質問票(questionnaire)をもとに調査(fieldwork)、集計して分析するものです。

 

サンプリング(sampling)をして対象者をリストアップした後に調査員が訪問して調査票に起票する訪問調査(door-to-door survey)や、会場を借りて、その周辺でリクルーターが通行人に声を掛けて協力してもらう会場テスト(central location test)などがあります。前者は洗剤やシャンプーなど実生活の中で使用してもらって評価を調査するホームユーステスト(in-home use test)などがあります。会場テストは試食、試飲テスト、テレビコマーシャルの評価をする際にも行う手法です。いずれも集計して定量的な分析を行い、例えば「試作品Aの購入意向(purchase intention)は40%でBの購入意向は35%だった」という報告をすることになります。

  

定性調査は所謂「グループインタビュー」とか「フォーカスグループ」(focus group interview)あるいは「インデプスインタビュー」(in-depth interview)と呼ばれている手法が代表的です。よくあるフォーカスグループでは6人から8人くらいの少人数の対象者がグループインタビュールームと称する丸テーブルが置かれている部屋で集団でインタビューを受けます。モデレーター(moderator)が進行役を努め、個々人の消費行動や嗜好性あるいは提示物に対する評価について質問してゆきます。フォーカスグループの場合は1時間30分から2時間が平均でしょうか。

  

さて、本題の“significant”が登場するのは定量調査のほうです。多少統計のことをご存知の方はもうおわかりの通り、定量調査では“statistically significant”か否かということが非常に大きな意味を持っています。日本語ではこの“significant"は「(統計的に)有意な」と訳されます。

  

よくある市場調査は何か複数のものを比較してその優劣を判定しようとするものです。ABテストの類です。複数の広告案、パッケージデザイン、味覚などを比較してその優劣を判断するわけですが、この時に問題になるのが「統計的誤差」(statistical error)ですが、当然のことながらサンプル数が少ないほど統計的誤差は大きくなります。

  

当時の相場では例えば会場テストの場合、会場費なども含めて1サンプル1万円以上だったと記憶しています。100サンプルで100万円強です。余程のことが無い限りサンプル数は100からせいぜい150がいいところでした。100サンプルの調査では統計的誤差は8%から10%ですから、比較対象の評価にそれ以上の差がつかない限り「統計的に有意な差がある」とは言い切れないわけですが、実際には広告案でもパッケージデザイン案でも味覚でも、100サンプルでそれほど大きい差がつくことはほとんどありませんでした。

  

報告書には「広告案Aの喚起する購入意向は40%、広告案Bは35%で有意な差は見られなかった」と書くことになります。ところが「そうか、差はないのか」ではすまないクライアントも多く「で、結局どっちなんだ」ということになりかねません。そこで「有意な差は認められなかったが、AがBを上回る傾向が見られた」などという記述が満載の報告書になってしまうのです。総サンプル数が100でもこれだけ統計的誤差は大きいのですが、これをさらにクロス集計して分析しろと言われると、ベースになるサンプル数は30とか20になります。統計的に有意な差など出るはずもありません(と思います)。マーケティングリサーチ会社には2年務めましたが、こうした報告書を作成するのは精神的にかなり辛かったものです。外資系クライアント専門の調査会社だったこともあり英語でも報告書は書きましたが、 ”A is significantly higher than B”などという胸のすくような記述をした記憶はほとんどありません。

  

今月は以上です。ごきげんよう。

  

和田泰治 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、 マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。 スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

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