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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム
『LEARN & PERFORM!』 翻訳道(みち)へようこそ 村瀬隆宗
第5回
Meta:メタ選手権で優勝しちゃいました
気弱そうに見えるのか、昔からよく街で声をかけられます。手をかざすと患部が癒えると説く新興宗教。何十万円もするポップアートの割賦販売。アンケートを求めるふりをして聞き流しするだけでマスターできるとしつこい英会話教材の押し売り。
ときには詳しく説明するスペースまでノコノコついて行きますが、入信したことや契約書にハンコを押したことは、一度もありません。それは、私の「メタ認知能力」が高いからではないかと考えています。
Facebook運営会社の新しい社名になるなど、最近よく聞くようになったMetaという言葉。英和辞典では接頭語として紹介されていますが、「…の後」「…を越えた」「超…」など、意味がいまひとつピンときません。
Longmanには「beyond or at a higher level」とあります。後半の「より高次の」というのをヒントに考えてみると、最近使われている「メタ」の意味は「自分自身を俯瞰で(高い場所から)見る」ということではないでしょうか。
メタバース(metaverse)というのは、アバターになった自分を俯瞰で見ることができる仮想の世界です。今までの仮想空間(たとえば『どうぶつの森』)もメタだったわけですが、それとの違いは、現実空間つまりユニバースにより近い形で人が活動し、つながり合い、NFTなどの新技術を活用して従来より幅広い取引を行える、といったところでしょう。
日本ではメタアニメ(どちらが先なのか英語でも言うようです)やメタ漫才という言葉も使われていますが、やはりこれも、登場人物や演者がその作品自体を俯瞰する場面を含むものを指します。
メタ認知(metacognition)能力というのは、自分自身を俯瞰で見てコントロールする能力です。自己についての認知を認知する、つまり、考えている自分について考えるためには、監視カメラが設置してあるような高い位置から、思考し言動する自分を見ることができなければなりません。意識や感覚を客観視できるという例の「マインドフルネス」は、メタ認知能力向上の訓練法ともいえます。
街で声をかけてきた人の話を聞いているとき、私は耳を傾けると同時に、クレジットカードを出させようと熱心に弁を振るう相手と、ネギを背負ったカモのような顔で聞く自分を、高次から見下ろしています。低俗なドキュメンタリー番組でも見るように、ちょっと楽しみながら。
そして、自分をアバターのようにコントロールできます。ですから、まったく興味を持てない派手なイルカの絵にほれ込んだ素振りを見せて盛り上げつつ、最終的には何のためらいもなく、自尊心をくすぐりにかかる相手に対して見栄を張ろうとすることなく、「1日あたりで考えればコーヒー1杯だ」という数字のトリックに惑わされることなく、「やっぱり高いからやめときまーす」と笑顔で席を立てるのです。
言い寄ってくる相手を引き寄せているのは、自分自身なのか、それとも何か別の物、たとえば自分の財力や権力なのか。そうしたことの見極めにも、メタ認知能力は役立つというわけです。
私はつい最近も「メタ選手権」で優勝し、俯瞰力の高さを実証しました。そんな大会がいつどこで開かれているのか?と思われることでしょうが、人が集まる場所で常時開催されています。
友人宅へ向かう電車の中で、とても奇抜で大胆な服を着た方が座席の前に立っていました。当然、多くの乗客の目を引きます。すぐ前に座っていた男性もそのひとりです。そのeye-catcher を仰ぎ見るこの男性に気づいた女性が、少し離れた所にいました。たいていは、「一番俯瞰できている」ということで、この女性がメタ選手権の勝者となります。
ですが、eye-catcher を見る人(男性)を見る人(女性)を、外が暗くなり鏡になった窓越しに、見ていた人がいました。それが私です。下から数えるとレベル4の高さから俯瞰していたことになります。いちおう、そんな私をレベル5から見下ろしている神のような人がいないか周囲を見渡しましたが、確認できませんでした(いや、わからないですけどね)。
ぜひ挑戦してみてください。レベル3はそう難しくありませんが(騒ぎがあったときに、当人を見ている人を見つけるだけ)、その1つ上に立つのは至難の業だと気づかれることでしょう。私はさらにMetaなレベル5、神の領域を目指してみたいと思います。
村瀬隆宗 慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。
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第37回:Demure:ジョークの「奥ゆかしさ」がトレンドに
第36回:Birds of a Feather:最近の洋楽ヒット曲に学ぶ英語表現
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第31回:Special moment:「特別な瞬間」よりも自然に訳すコツ
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第17回:SatisfactionとGratification:翻訳業の「タイパ」を考える
第16回:No one knows me:翻訳と通訳ガイド、二刀流の苦悩
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