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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


『LEARN & PERFORM!』 翻訳道(みち)へようこそ 村瀬隆宗

第27回

opportunity:ただの「機会」ではない

物足りない辞典訳

前回のinsightに続き、「辞典訳ではしっくり来ない」シリーズです。opportunityといえば「機会」。もちろんそれで十分なこともありますが、それでは物足りないこともよくあります。

たとえば、ビジネス関係のこんな文。
The company sees significant opportunity in China.

ChatGPTさんに訳してもらうと、「その会社は中国に大きな機会を見いだしている」。言いたいことは理解できますが、やはりぎこちない感じがしますね。opportunity以外のところを滑らかにしてみても、「同社は中国に大きな機会を見込んでいる」と、まだ違和感が残ります。

そこで、opportunityを英英辞典で改めて調べてみます。すると、Cambridge Dictionaryでは
an occasion or situation that makes it possible to do something that you want to do or have to do
(したいことや、しないといけないことができるような時や状況)
のほか、Essential版では
a chance to do something good
(いいことをやれるチャンス)
とあります。

単なる機会というだけでなく、望ましいことをする機会。ということは、「好機」あるいはそのまま「チャンス」とも訳せそうです。
「同社は中国に大きなチャンスを見込んでいる」
たしかに、自然にはなりましたね。

自然な訳にするテクニック - 具体化する

ただ、ややインフォーマルな表現です。もっとフォーマルな文にしたい場合は、どうすればいいでしょう?「好機」だとまた違和感は戻ってしまいます。こんなときは「具体化」という手法を試してみましょう。

チャンス、つまり「良い機会」なわけですが、
「同社は中国に大きな良い機会を見込んでいる」ではもちろん問題アリです。
この「良い」が具体的に何を意味しているのか、文脈から考えてみましょう。

ここでは、「会社の売上が伸びる」あるいは「会社が成長する」ということではないでしょうか。そんな機会が、中国にはある。会社はそう考えている。だとすれば、
「同社は中国に大きな成長の機会を見込んでいる」と訳すこともできるわけです。「良い機会」という漠然とした表現を「成長の機会」と具体化したら、自然になりました。

そもそも「機会」がしっくり来ないこともあります。たとえば人事関連のこんな文です。
Create action plans for areas of opportunity.

ChatGPTさん訳は「機会のある領域に対するアクションプランを作成してください」
これでは合格点はあげられません。

この文脈で「望ましいことをする機会」とは?能力的に成長あるいは改善する機会ということでしょうか。そういう機会?がある面について、行動計画を作ってくださいと。こんな内容ですね。

これを踏まえると、「改善機会のある面」と具体化したほうが伝わりますが、「機会」がしっくり来ません。ここでの意味を考え、
「改善余地のある面についてアクションプランを作成してください」とするべきでしょう。

このように、opportunityを単に「機会」でなく、少し具体的に「成長機会」や「改善余地」などと訳したほうが自然で伝わりやすくなる場合も、かなりあります。

chanceとopportunity の違いは?

上でopportunityを「チャンス」と訳せる場合もあることを示しましたが、ではchanceとはどう違うのでしょうか?

翻訳力はイマイチでもこういう説明は得意なChatGPTさんに、名誉挽回してもらいましょう。英語で違いを尋ねてみると、おおよそこんな答えが返ってきました。
「chanceはコントロールできないことで、<ラッキー>の響きを持つ。opportunityはある程度コントロールできることで、<ポジティブ>の響きがある」

下の2文で比べてみましょう。
We had the chance to visit Paris because the flight tickets were unexpectedly cheap.
「航空チケットが思いがけず安く、パリ訪問のチャンス/機会を得た」
We were provided with the opportunity to work in Paris for six months.
「パリで6カ月働くチャンス/機会を与えられた」

「チャンス」か「機会」か、それは文脈やトーン、フォーマリティのレベル次第。Chanceが「ラッキー(たまたま安かった)」なこと、「自分にはどうにもならない(航空会社の意向や状況次第)」こと、という含みを持たせる一方、opportunityは「ポジティブ(働きたかった)」なこと、「自分である程度左右できる(嫌なら断れる)」こと、という印象を与えるわけです。

村瀬隆宗 慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。

村瀬隆宗のプロの視点のアーカイブ

第28回:Hallucination:生成AIとの付き合い方

第27回:opportunity:ただの「機会」ではない

第26回:Insight:洞察?インサイト?訳し方を考える

第25回:Share:provideやgiveより使われがちな理由

第24回:Vocabulary:翻訳者は通訳者ほど語彙力を求められない?

第23回:Relive:「追体験」ってなに?

第22回:Invoice:なぜ「インボイス制度」というのか

第21回:Excuseflation:値上げの理由は単なる口実か

第20回:ChatGPTその2:翻訳者の生成AI活用法(翻訳以外)

第19回:ChatGPTその1:AIに「真の翻訳」ができない理由

第18回:Serendipity:英語を書き続けるために偶然の出会いを

第17回:SatisfactionとGratification:翻訳業の「タイパ」を考える

第16回:No one knows me:翻訳と通訳ガイド、二刀流の苦悩

第15回:Middle out:トップダウンでもボトムアップでもなく

第14回:Resolution:まだまだ夢見る50代のライティング上達への道

第13回:Bird’s eye view:翻訳者はピクシーを目指すべき

第12回:2つのquit:働き方改革と責任追及

第11回:Freelance と “Freeter”:違いを改めて考えてみる

第10回:BetrayとBelie:エリザベス女王の裏切り?

第9回:Super solo culture:おひとりさま文化と翻訳者のme time

第8回:Commitment:行動の約束

第7回:Mis/Dis/Mal-information:情報を知識にするために

第6回:Anecdote:「逸話」ではニュアンスを出せません

第5回:Meta:メタ選手権で優勝しちゃいました

第4回:For〜木を見るために森を見よう〜

第3回:Trade-off〜満点の訳文は存在しない〜

第2回:Translate〜翻訳者は翻訳するべからず?〜

第1回:Principle〜翻訳の三原則とは〜

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