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プロ通訳者・翻訳者コラム

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成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。

第15回:翻訳者的・筋トレの方法(新聞の読み方、辞書の読み方)

さて、今回は翻訳者的筋トレの方法について書いてみたいと思います。
もちろん、本物の筋トレのことではありません。

翻訳者にとっての勉強とは、今抱えている訳や分野に関するものと、もっと全般的な翻訳能力の底上げのための勉強の2種類があります。
今回は、なかなか詳しく話す機会の少ない後者を「筋トレ」と称してご紹介します。

とにかく筋トレなので、たまに根を詰めて半日や1日かけて行うのではなく、毎日15分とか20分程度行うのがコツです。
また、文法事項や基本単語はすでに知っていることが前提なので、これらを勉強することはありません(どこまでを基本単語と言うかは難しいところですが)。
以下、具体的な方法をいくつか紹介します。

☆ ☆ ☆

■1 最終訳とのつきあわせ
リリースなどの翻訳で、客先で修正した後の最終訳を見ることができる場合があります。
このようなときは、最終訳と自分が納品した訳の「突き合わせ」を行います。

突き合わせは、ただ並べて眺めて終わりではありません。
両方をプリントアウトし、原文も横に置いて、1文1文照合していきます。
そうして、句読点の有無や「は」を「が」に変更したというレベルに至るまで、あらゆる修正を全部洗い出し、赤ペンで修正内容を自分の訳に書き込んでいきます。
たまに、自分のちょっとした工夫がそのまま生かされていたら、小さく花丸をつけてみたりもします◎。

自分で自分の訳に赤入れしていると、たいていは「どうして最初からこう訳せなかったんだろう」と落ち込むのですが、翻訳筋(いま造語しました)を鍛えるこれ以上の方法はないと断言します。
フリーランスが最終訳を手に入れられるケースは少ないので、手に入れば必ず行うようにします。


スクールでは受講生の訳を添削して返すのですが、ほとんどの受講生が添削された訳をさっと見直して終わりにしているらしいと、最近気がつきました。
なんともったいない!
それだと、最も勉強になる部分をみすみす放棄していると言っても過言ではありません。

赤入れした内容を反映した自分なりの最終訳を作って初めて、実のある復習ができたと言えます。

確かに真っ赤な訳例を直視するのはつらいですが…
でも受験生だって、伸びる子は添削済み答案を必ず一度きれいに書き直し、満点答案を作り直します。それと同じことです(とはいえ、実はそれができる受験生もすごく少ないのです。だからこそ差が付いていくのですが)。

☆ ☆ ☆

■2 新聞を読む
新聞の文章は、勢いがあって無駄がなく、新しい内容をわかりやすく伝えるという点で、実務翻訳者にとっては目標でもあり、教材でもあります。

新聞を使った勉強の仕方はさまざまだと思います。ここではスクールで紹介している読み方を紹介します。
なお、ここで使う新聞は日経新聞の朝刊です(夕刊も可)。

(1)記事を選ぶ。
特に海外に関するものである必要はありません。
個人的には日本の政治関連は避けています。この作業に向いていないからです。たぶんあまりに日本的な、言行不一致の世界だからだと思います(苦笑)。
また、そのページのトップではなく2~3番目の記事が、分量的にちょうどよいでしょう。

(2)選んだ記事を読み、以下の表現を拾う。
a. 「この表現は自分の語彙にはない」と思う表現。
名詞や動詞を単独で拾うのではなく、名詞と述語の組み合わせ、副詞の使い方、語順などに注目する。
例:
・値上げを打ち出す
(「値上げ」と「打ち出す」という述語を組み合わせ)
・自動車、家電に加え、建設、エネルギー関連などの輸出
(「加え」の場所に注目)

b. 「これはあの英語の訳に使える」と思う表現。
1本の記事から1つ拾えれば上出来。結果的に拾えなくても、拾うまでのプロセスが重要。
例:
・大幅上昇するのは確実。
(「確実」はwillの訳かな? それともis likely to、is expected toの方がいいかな? などと考える)
・各社はコスト削減を急いでおり
(「急ぐ」はincreasinglyの訳か?)

(3)b.を手帳かカレンダーに書き込む。
毎日1つ、新たな表現を拾うのが目標。
駆け出しの頃は、まずは2週間、毎日新しい表現を書き込むことを目標にしてみるとよいです。

なお、この読み方に費やす時間は、1日最大15分程度とします。
机に向かう必要もありません。食卓で、台所やリビングで、あるいは電車の中でも可です。
あまり気負わないほうが長続きします。

1回に使う記事の量も少ないので、日経を購読していない場合は週に1回買ってきて、それを1週間使い続けることも可能です。


この方法で新聞を読み始めると、普通に何気なく新聞を読んでいるときにも「あっ、あの訳はこのことだったんだ・・・!!」と気づいて激しく後悔することが出てきます。
スクールの生徒さんたちも同じことがよくあると言います。
おそらく、言葉に対するアンテナがだんだん伸びてきて、それまで素通りしてきた言葉に反応できるようになるのでしょう。これも翻訳筋のひとつと言えます。


■3 辞書を読む
辞書を引くのでなく読むのも、翻訳筋を鍛えるのに効果的です。
読む以上は、パソコンや電子辞書ではなく、紙の辞書を用意します。
以下のような方法があります。

1. 一仕事の後で辞書を読む
実務翻訳は時間との闘いなので、辞書は電子媒体頼み、引いたらそれっきりで、何かに書き留めることもほとんどないでしょう。
しかしそれでは、知識が自分の中に蓄積しないのもまた事実です。

そこで、ときどきは時間を取り、さっき電子辞書で引いた項目を、紙の辞書でじっくり読むようにします。
短期記憶にとどまっていた内容を長期記憶に移す算段です。

この勉強方法は、訳文が手を離れたらすぐに行うのが良いようです。
また徹底的に調べ尽くそうとせず、その日の退社まで・昼休みまでなど、区切りまでのちょっとした時間をあてるので十分です。

ここで大切なのは、紙の辞書を引くこと。そのほうが俯瞰的に語義を見ることができますし、頭に定着します。
また、専門用語よりも、あえて一般用語や多義語を引くのが効果的です。
「紙の辞書を引く」というルールさえ守れば、ただ読んで確認するだけでも十分効果的ですが、書き留めたい人は負担にならない程度にメモをとってもよいでしょう。

この書き留める作業が拡大していくと、自作の単語帳になります。
これは今回範囲としている勉強の範疇を超えますし、すでに書いたことがあるので省略します。

このときの辞書は、『リーダース英和辞典』のような翻訳者の基本辞書(『ランダムハウス』もよいのですがいかんせん重くて大きいので却下)、以前に紹介した海野さんの辞書(『ビジネス技術実用英和大辞典』★脚注)、または『ウィズダム英和辞典』か『ジーニアス英和辞典』といった基本語の文法語法の説明が充実した辞典がお勧めです。
英英辞典も面白いと思います。

しつこいようですが、ネット上で無料で手に入る辞書だけに頼っていては、いつまでたってもその場しのぎで、自分の中に蓄積ができません。
それは取りも直さず、いつまでたっても仕事でステップアップができないことを意味します。
こうした、きちんとした紙の辞書を1冊は持っているべきです。


2. 辞書の適当なページを開いて読む
また、辞書を適当に開き、そのページに書いてあることをひたすら読むというのも効果があります。
この方法に特に適しているのは、前述の「海野さんの辞書」ですが、用例が豊富で訳語がきれいな他の辞書でもよいでしょう。専門用語辞典を読むのも面白いと思います。

私は辞書読みを派遣時代、行き帰りの電車のなかで時々行っていました。
この方法も、気軽に出来るのが利点です。

応用形として、適当なページを開き、ひとつ単語を決めたら、そこを読む前に訳語を3~5個、思いつくかどうか試すというのもあります。
例えば、たまたま開いたページにdevelopと出ていたら、そこを読む前に「開発する、発展する、進展する、育成する、拡充する」と5個訳語を出してみて、それから辞書を読むのです。

辞書を読むことは意外と多くの人が推奨しており、あの村上春樹氏が故・飛田茂雄氏の『探検する英和辞典』を通読したという話もエッセイで読んだことがあります。
同書は純粋な辞典というよりは読み物的色彩の強いものではありますが、それでも通読するという馬力に茫然とした覚えがあります。

☆ ☆ ☆

■4 写経
「写経」とは、新聞や雑誌の短めの記事(天気予報程度のごく短いもの、または長いものの2~3段落程度)を、一言一句書き写していくことです。
日本語の文章はもちろんのこと、英文の写経も効果的です。

写経の利点は、文章の非常に細かい部分にまで目が行き届くことにあります。
書き写す速度でじっくり読むと、ざっと読んでいたときには見えなかった、文章のいろんな仕掛けが見えてきます。
一見単調そうですがとても発見が多く、またなぜか精神統一のできる作業です。

あまり長いものに挑戦すると続かないので、最初はとにかく短いものを選ぶのがお勧めです。
1日15分などと、時間で区切るのもいいかもしれません。

私が写経を始めたきっかけは、どなたか忘れてしまいましたが売れっ子ミステリ翻訳家が、「毎朝15分、日本の文豪の文章(漱石や三島を例に出していました)の写経をしてから仕事にとりかかる」と話しているインタビューを読んだのを思い出したことでした。
私も本稿を書いているうちに久しぶりに写経を再開したくなってきました…

☆ ☆ ☆

以上、普段の生活のなかで合間の時間にできる勉強法をまとめてみましたが、これ以外にも、翻訳筋トレはいろいろあります。
読書はもちろん、映画を観たり、旅に出たり、カフェで人間観察をしたり、人と会って話したりといったことも、言葉に意識を向けていれば、すべて勉強になります。


ところで、冒頭で対象外と申し上げた「英文法」について。
文法事項は翻訳業を選択する時点ですでにクリアしているべきですが、現実問題としては文法に穴のある人は少なくありません。この勉強方法に関しては、次回に改めます。

★『ビジネス・技術実用英和大辞典』は電子辞書への搭載をストップしたそうです。
著者のサイト(http://www.hi-ho.ne.jp/unnos/unnodict.htm)によると、現在改訂作業中、改訂後は自費出版に近い形でCD-ROM版を発行、紙版は発行しないとのこと。出版不況もありとても苦しい状態での作業のようで、著者夫妻の体調がとても心配です。
ここまで読んで下さった翻訳者および翻訳学習者の皆様、絶版になる前に『ビジネス・技術実用英和大辞典』の紙版を買いましょう! この実務翻訳者の必携ツールの存続を支援しましょう。

第35回(最終回):翻訳は何に例えられるか?

第34回:Stay hungry, stay foolishの訳は「ハングリーであれ、愚かであれ」なのか?

第33回:ISS翻訳カフェ:社内翻訳者座談会より

第32回:8/25開催「仕事につながるキャリアパスセミナー~受講生からプロへの道~」より

第31回:翻訳は男子一生の仕事となりし乎?

第30回:フリーランス翻訳者、PTA役員になる

第29回:翻訳者就活Q&A

第28回:「頑張れ」を英語で訳すと?

第27回:アラサーのあなたへ

第26回:ラテン英語入門・後編

第25回:ラテン英語入門・中編

第24回:ラテン英語入門・前編

第23回:海野さんの辞書V5発売!!+セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(後編)

第22回:セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(前編)

第21回:愛をこめて引き算をする

第20回:点について、いくつかの点から

第19回:翻訳Hacks!~初めて仕事で翻訳することになった人へ~

第18回:修羅場について(子が熱を出した編)

第17回:初心者に(も)お勧め・英日翻訳の技法本3冊

第16回:英日併記されたデータから、原文のみを一括消去する方法

第15回:翻訳者的・筋トレの方法(新聞の読み方、辞書の読み方)

第14回:原文の何を訳すのか?

第13回:むかし女子学生だった者より

第12回:『ワンランク上の通訳テクニック』連動企画(笑):Q&A特集

第11回:読書、してますか? (無料診断テストつき)

第10回:伝える意志のある言葉~インド英語入門・後編

第9回:インド人もびっくり?! インド英語入門・中編

第8回:Listen until your ears bleed! ~インド英語入門・前編

第7回:翻訳者の時間感覚

第6回:翻訳と文法

第5回:翻訳と受験和訳、二足のわらじ

第4回:辞書について(2)~アナログの効用

第3回:辞書について

第2回:順境のとき、逆境のとき

第1回:はじめまして

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