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プロ通訳者・翻訳者コラム
気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。
成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。
第11回:読書、してますか? (無料診断テストつき)
昼下がりの電車で向かいの座席を見渡して改めて思ったのが、本を読んでいる人の少なさ、そして携帯をいじっている人の多さです。ひと昔前なら車内でマンガ雑誌を読む若者は非難の対象でしたが、最近はそれすら見かけなくなりました。電車の中はまとまって本の読める貴重な時間なのに、実にもったいないことです。
読書量の減少は、翻訳者を目指す人の間でも顕著です。翻訳者は日本語を書くのが仕事なので、読書量は世間一般よりもかなり多いでしょうし、読書は趣味以上、食事や睡眠と同じ日常の一部、もっと言えば活字中毒くらいでちょうどいいのです。そこのところをあえて教室で言わなければならないくらい、読書量が少ない翻訳志望者が増えているのはゆゆしき事態です。
……などということを授業帰りの電車の中でつらつらと考えているうちに、独断と偏見に基づくチェックリストができました。名付けて「実務翻訳者と読書に関する診断テスト」。
無料です(当たり前ですが)。以下35問あります。それではスタート!!
★★実務翻訳者と読書に関する診断テスト★★
自分があてはまるものについて、1項目1点を加算して下さい。
□1 家で新聞をとっている
□2 いま読みかけの本がある
□3 月に2回以上書店に足を運ぶ
□4 週に1度はネット書店にアクセスする
□5 かばんの中にはいつも本が入っている
□6 電車の中では、ケイタイよりも読書をする時間の方が長い
□7 チェックしている書評がある
□8 チェックしている連載がある
□9 よく読んでいる雑誌がある(専門誌含む)
□10 むかし読破した長編マンガを3つ挙げられる
□11 むかし読んだ翻訳長編小説の名前を3つ挙げられる
□12 好きな翻訳家の名前を挙げられる
□13 いまいちしっくり来ない翻訳家の名前を挙げられる
□14 翻訳に腹が立って挫折した本がある
□15 「過去1年間で最も面白かった本・ベスト3」を挙げられる
□16 好きな書店がある
□17 旅行には必ず読むものを持って行く
□18 ひとりで食事するときは、何かを読みながら食べる(ケイタイ除く)
□19 電車の中で読む本や雑誌がないと、売店で買ってまで調達することがある
□20 お菓子の包装に書かれている文字を熟読してしまう
□21 化粧品や薬の箱に入っている小さい紙を熟読してしまう
□22 本や新聞雑誌を読んでいて、言い回しにダメ出しをすることがある
□23 人の敬語の間違いが気になることがある
□24 自分の日本語に自信がないときは国語辞典で調べる方だ
□25 文章の添削を一定期間にわたって受けた経験がある
□26 本の読者カードを送ったことがある
□27 就寝前の読書は至福のひとときだ
□28 訳したい本がある
□29 図書館などで本に囲まれるとわくわくしてくる
□30 本が増殖して困っている
~~~~~~
以下の5項目は、あてはまるものがある場合、これまでの得点から1項目につき2点引いて下さい。
□31 本はもっぱら速読で読んでいる
□32 最近、仕事に関係ない本を読んでいない
□33 日本語の本は読まない
□34 2000円以上の本は読まない
□35 日本語の表現の幅なんて、今さら広がらないと思う
~以上~
それでは、独断と偏見の判定です。
☆判定☆
25~30 活字中毒の入り口に立っています。この調子で頑張りましょう
20~24 まずまずの読書量です。手薄な分野を補強しましょう
13~19 一般人として平均的な読書量です。翻訳者としては読書量を増やしましょう
~12 一般的見地からも読書量が足りません。生活を見直しましょう
以下、言いたい放題の解説です。
□1 最近スクールの受講生に聞いてみたところ、新聞をとっていない人が特に若い世代に増えていることを知りました。
実務翻訳者を目指すのであれば、新聞を読むのは準備体操みたいなものです。最低、日経新聞は読みましょう。敷居が高いなら夕刊から始めるとよいです。
紙の新聞の良さはいろいろありますが、あえて挙げるなら、いろんなジャンルの記事が一度に読めること、意図していない記事が目に飛び込んでくること、限られた枠内に収めるため一言一句にこだわったタイトな文章が読めることでしょう。
□2 翻訳者は活字中毒くらいでちょうどいいのです。複数冊同時進行中だとなおよいでしょう。
なおここで言う「活字」には、ケイタイで読む文字は含みません。
□3、4 本は借りてもいいですが、出版業界を盛り立てるためにも、身銭を切って買いましょう。買うのに迷う本があったら、私は著者と出版文化へのお布施だと思って買っています。
たまに「こんなやつにお布施するんじゃなかった」と地団駄踏むこともあるのですが…。
□5 翻訳者は活字中毒(以下2と同文)
□6 移動の電車の中ではケイタイではなく、本を読みましょう。
携帯画面を見ている時間は日本語運用能力の低下と正比例するといっても過言ではありません。
□7~9 旬な書き手や話題はやっぱりフォローしたいところ(最近は「旬の話題」というものもあまり聞かなくなりましたが)。旬を意識しなくてもよいのは、自分が世間からフォローされるような大御所になったときくらいではないでしょうか。
また、旬をフォローするのは「ベストセラーを読む」とは必ずしも一致しません。そうではなく、自分の状況や時代に対して問題意識を持ち、その答えを本に求めるようになれば、おのずと旬な話題をフォローすることになると思います。
□10~11 生活ペースが忙しく、娯楽も多い現在、重厚長大な本を読破することはますます難しくなっています。
しかし、実務翻訳者を目指す以上はこうした経験もほしいところ(自戒をこめて言ってます)。
現在50歳代以上の多くの書き手は、子供の頃に文学全集を読破したと回想する人が多いようです。
昭和40年代生まれになるとこうした人はだいぶ少なくなり、昭和50年生まれ以降になると、幼少期に小説を乱読した経験のある人は相当少なくなるのではないでしょうか。
この読書量の差は、翻訳者における世代間の言語能力の差として表れつつあるように感じます。
特に昭和50年代以降生まれの人が翻訳者を志望するのであれば、同世代の平均的読書量よりもかなり多くないと、上の世代の翻訳者と互角に戦えない気がします。
□12 翻訳者を目指すのであれば、やはり好きな翻訳家がいるべきです。柴田元幸様という巨星をはじめ、現在バリバリに活躍中の翻訳家は何人もいます。
しかし、翻訳者を目指す人のなかには、好きな翻訳家がいない、そもそも翻訳書を読んでいない人が驚くほど多いものです。
しかも出版翻訳志望で翻訳書を読んでいない、映像翻訳志望で洋画を観ていないというケースがかなりあるのです。
厳しいようですが、そういう人は「翻訳という行為の何に魅力を感じるのか」と自問してみるべきだと思います。
□13~14 好きな翻訳家がいる一方で、「自分にはこの訳はいまいち合わない」と思えるような出会いもあってよいと思います。
老婆心ながら、近年の10代から20代の人には「失敗作はつかみたくない」という姿勢がかなり見られるのが気になります。
食べ物の一定割合が老廃物として排出されるように(変なたとえですみません)、読む本の一定割合は失敗作、自分に合わない本でいいのです。
そうでないと栄養はとれないし、きっと老廃物を出すのも体を作る大事な過程なのです。
(でもジャンクフードのとりすぎはいけません。)
□15 世間的なベストセラーとは別に、「マイベスト3」も挙げられるようになりましょう。
ベスト3を挙げるには、年間でその100倍……が無理なら30倍は読む必要があります。
読書量については、21歳の時にちょっと顔を出した文芸翻訳スクールで、
「君の訳は女子大生の訳みたいだ(おままごとの域を出ていないという意味、とはいえ当時私は実際に大学生でしたが…)1日1冊の読書を3年続けてからまた来なさい」
と言われたことがあります。つまり1000冊読めということです。
半年くらいは頑張ったあとペースダウンしましたが、今思うとあのアドバイスは実に的確でした。
□16 ネット書店は大変便利ですが、できればリアル書店にもお気に入りがほしいです。
リアル書店の良さは紙の新聞の良さに似ています。意外な本が目に飛び込んでくる、意外な本との出会いがあるなど。
また良い書店であれば、こだわった棚作りに触発されます。
□17 旅先でのんびり読む本は至福のひととき。また移動中に読む本はなぜか頭に入ってくる気がします。
□18~21 翻訳者は活字中毒(以下2と同文)
□22~23 これは、清く正しく美しい日本語を使いましょうと言っているわけではありません。翻訳はちょっとした助詞の使い方、ちょっとした言い回しの差で意味合いが大きく変わってくるので、そうした細かい差にいつもアンテナを張っていましょうということです。漫然と日本語を使ってはいけません。
□24~25 自分の日本語表現を客観的に分析することは、翻訳者になるための非常に重要な条件です。
日本の学校では、作文にしても「思ったことをそのまま書きましょう」と言うだけで、日本語を客観的に教えることがほとんどないため、日本語に関して意識的になることは難しいものです。
だからこそ、他人に文章を直された経験が大事になってきます。
文章を直された経験の代表例は、通信添削やレポートの書き直し、上司に受けた赤入れなど。スクールに通うこともそうでしょう(宣伝になってしまいました)。
ちなみに私の場合、ISSの通学歴に加え、これは黒歴史なのですが(笑)中高時代は新聞部に所属しており、友人がテニス部などで青春を謳歌している間、顧問の先生との間で細かい表現をめぐってバトルを繰り広げたり、数文字を削るために苦しんだりしていました。
当時は思いもよらないことでしだか、あの頃一言一句にこだわった経験は今の仕事に生きています。
□26 著者に感想を書き送りたいと思うほど熱中した本があるのは、すばらしいことです。
□27 寝る前にケイタイはいけません。
□28 実務翻訳者たるもの、このくらいの野望は持っていたいです。
□29 本は買うのもいいですが、図書館もなかなかよいものです。
□30 命に関わるレベルになる前に整理しましょう。
そして、減点対象の項目です。
□31 「本はもっぱら速読で読んでいる」
速読は、話し言葉で書かれたもの(ビジネス書など)には有効かもしれませんが、密度のある文章(小説、専門書など)は速読には向かないように思います。
ビジネス文書などの翻訳では速読の手法で読まれることを意識しつつも、自分の心の栄養のためには、速読できないような内容のみっちり詰まった本も読むべきです。
このことは作家の平野啓一郎氏が「スローリーディング」として提唱しています(『本の読み方 スロー・リーディングの実践』)。
□32 「最近、仕事(勉強)に関係ない本は読んでいない」
仕事の本しか読んでいないと、精神的にすさみます。精神の安定、ひいては訳質向上のためにも、仕事に関係ないものもたくさん読みましょう。
個人的には、大きな締切を無事に越えて久しぶりに仕事に関係ない本を開く瞬間を「しいたけ戻し」と読んでいます。干し椎茸が戻るように、じわ~っと幸せなひとときです。
□33 「日本語の本は読まない」
翻訳者のアウトプットは日本語なので、むしろ日本語の読書量を多くしましょう。翻訳者は英語をたくさん読むべきと考えている人が多いようですが、それは誤解です。アウトプットが日本語なら、日本語のインプットを(英語の何倍も)増やさなければなりません。
ただし、翻訳者は英語の読書量も一般的基準よりは多く、仕事で読む量も入れたら英語もかなり読んでいることは事実です。
□34 「2000円以上の本は読まない」
本はあまり値段で区切らずに、少しくらい高い本も思い切って買って読みましょう。
本が高いと文句を言う人は、間接的に「翻訳料が高い」と言っているのに等しく、自分の首を絞めていると思います。
特に、タダで情報を手に入れようとする人がこの調子で増えると、そのうち翻訳者を含め書き手という職業は成り立たなくなるのではないかと危惧しています。
□35 「日本語の表現の幅なんて、今さら広がらないと思う」
これは難しい問題です。
文学の翻訳家のなかには、日本語の表現を「磨く」のは不可能だと言う人もいます。
しかし実務系に関しては、参入当初は素人レベルだった日本語を、叩いて磨いて商品レベルに引き上げていくものだと思います。
ただそのためには、しっかりした日本力が基盤として存在することが前提です。
そして、しっかりとした日本語力は、それなりに長期的に、それなりに大量の読書をすることで確立していくものです。
何はともあれ読書なのです。
日本語の表現力は一朝一夕で身につくものではありません。
意識すれば日々進化し、意識が低いと徐々になまるものです。トレーニングと一緒です。
私自身について言えば、「女子大生のような訳」と言われてから6年後、ISSの翻訳コースでは「硬い訳はやめましょう」と何度も言われました。
その間の数年はお堅い論文ばかり読んでいたので、20代半ばの女子とは思えないようながちがちの文章を書くようになっていたのです。
先生には
「翻訳というのは、相手にまったくストレスを与えずにす~っと入っていくような文章を書かないといけないのですよ。会社帰りのサラリーマンが電車の中で広げる週刊誌やマンガ本、あのくらいストレスなく理解できないといけない。電車の網棚から『少年ジャンプ』を拾って読んでみなさい」
と言われました。
真面目そのものの元大学院生には網棚の雑誌を拾うことはできませんでしたが(笑)、当時『週刊文春』『AERA』や女性ファッション誌などには赤線を引きながら読んでました。
そうやって肩肘張ってる点に問題があるのですが、とにかく当時は「ストレスなく頭に入ってくる表現」を手に入れようと必死でした。
ここから活字大量摂取生活が始まり、今でも毎日、台所でお昼ごはんをかじりながら、日経新聞や女性誌から言い回しを拾っています。
また本は常時2冊以上持ち歩き(単にカバンの中の整理整頓がなってないという面も)、活字がないと電車に乗るのが不安な体質になりました。
えらそうな話になってしまいますが、今まで誰も言ったことのないことを言葉にした文章に常に触れたい、それによって自分も、これまで誰も日本語で言ったことのないことを表現したい、という思いは常に持っています。そのために精力的に読書を続けています……と言いつつ、何も考えずにただ楽しむ本もかなりあるのですが。とにかく読書です!!
第34回:Stay hungry, stay foolishの訳は「ハングリーであれ、愚かであれ」なのか?
第32回:8/25開催「仕事につながるキャリアパスセミナー~受講生からプロへの道~」より
第23回:海野さんの辞書V5発売!!+セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(後編)
第22回:セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(前編)
第19回:翻訳Hacks!~初めて仕事で翻訳することになった人へ~
第16回:英日併記されたデータから、原文のみを一括消去する方法
第15回:翻訳者的・筋トレの方法(新聞の読み方、辞書の読み方)
第12回:『ワンランク上の通訳テクニック』連動企画(笑):Q&A特集
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